第1号 2012 研究論文ダイジェスト『親の生きる力と子どもの生きる力』

2012 研究論文ダイジェスト『親の生きる力と子どもの生きる力』

1.はじめに

「生きる力」とは、文部省(1996)のなかで掲げられた教育目標であり、児童・生徒が「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」、「自らを律しつつ、他人と協調し、他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性とたくましく生きるための健康や体力」を身につけることを目指すものである。
その育成ポイントは、思考力、判断力、表現力である。また、これらの力に共通するのは「問題解決力」であり、問題を解決するためには「既存の成功モデルの踏襲」ではなく、「創造的に課題解決していく力」が求められると同時に、子ども達だけでなく、子ども達を教育・保育する教員や保育者にも自ら創造的な課題解決能力をもつことが求められる。

2.生きる力と批判的思考力

創造的な課題解決力を有している教員・保育者とは、常に自分の教育・保育を振り返りながら、そのときそのときでより良いと思われる教育・保育実践を行おうとする反省的実践家であるという。そして、その能力の基礎には「批判的思考」が関わるとされている。
批判的思考とは、より一般的には「合理的で偏りのない思考」と定義される。「批判的」というとネガティブなイメージがあるかもしれないが、他者を批判的に見るということではなく、「情報を吟味する力」そして「自分の思考を吟味する力」、すなわち、自分の思考に対しても批判的(客観的)姿勢を持つという意味がある。そうした批判的思考は、態度とスキルの両面を併せ持つことが重要であり、さらに、それが発揮されるべきときに発揮されなくては意味をなさない。まさに状況に即した「問題解決力」に通じる力なのである。

3.親の生きる力と子どもの生きる力

「生きる力」と「批判的思考力」に共通しているのは、いずれも生活に根差した柔軟かつ創造的な課題解決力が求められる点にある。ただし「生きる力」は、批判的思考力よりも状況による制約が強く、たとえば、子どもの初期教育において、主たる保育者である親の「生きる力」には、子育てに関わる特定の生活環境や人間関係に応じた力を考える必要ある。特に、親の「生きる力」がどのような要素で構成され、そのうち、どのような要素が子どもの「生きる力」へ影響するのかといった点について確認する必要がある。そのためには、地域や社会とのつながりを中心とした生活環境や人間関係に関して、親の「生きる力」を測定する尺度を作成し、子どもの「生きる力」の教育のあり方を検討する必要がある。

4.「親の生きる力」と「子どもの生きる力」―未就学児の保護者を対象とした調査から―

調査は首都圏某区の公立および私立幼稚園(全 14 園)の園児の保護者 1144 名を対象に実施された。回収率は 72%(女性:799 名、男性:23 名)であった。

調査時期

2010 年 12 月 3 日~2010 年 12 月 20 日。

調査内容

親の生きる力

「社会人基礎力」(経済産業省,2006)などを参考に、未就学児の保護者を想定し、「達成スキル」と「対人スキル」の項目を作成した。分析の結果、両スキルはそれぞれ以下の4つの要素で構成されることが示された。

達成スキル

①「やることの段取りを考えている」などの「論理性」
②「経験したことのないことにもチャレンジしてみたい」などの「探究心」
③「自分の調べたことが正しいかどうか、他の資料などで確認している」などの「情報収集・整理」
④「面白いことや楽しいことを自ら見つけている」などの「対処能力」

対人スキル

①「園の他の保護者と、園の方針や先生について、話すことがある」などの「子育て関連の情報交流」
②「人前でも緊張せずに自己紹介している」などの「対人効力」
③「自分の子ではなくても叱るべきときはきちんと叱っている」などの「自他の子の世話」
④「使うべきときに、きちんとした敬語を使っている」などの「他者への礼儀」

子どもの生きる力

「小中学生の生きる力の自己評価」(ベネッセ,2001)を参考に、未就学児用の「子どもの生きる力」項目を作成した。分析の結果、本尺度は以下の6つの要素からなることが確認された。
①「危ないところには近寄らない」などの「公共意識」
②「翌日のしたくや準備をすることができる」などの「自主性」
③「ものごとを工夫して取り組むことができる」などの「創造性・探究心」
④「友だちと仲良く遊ぶことができる」などの「対人効力」
⑤「家族やまわりの人に“ありがとう”と言える」などの「他者への礼儀」
⑥「絵や写真などを見て、感動している」などの「感受性」

5.「子どもの生きる力」への「親の生きる力」の影響

次に、「子どもの生きる力」に対して、「親の生きる力」のどの要素が影響を与えるのかについて重回帰分析を用いて確認した。 分析の結果、「親の生きる力」の構成要素のうち、「論理性」「他者への礼儀」「子育て関連の情報交流」「対処能力」が、「子どもの生きる力」を高める可能性が示された。また、この調査では回答者の教育歴も尋ねていることから、以下に「中学・高校卒」「短大・高専・専門学校卒」「大学・大学院卒」の教育歴ごとにみた分析結果についてもあわせて考察を行う。
まず、「論理性」は、教育歴に関係なく「子どもの生きる力」影響力を持つ要素であることが示された。この結果は、高等教育だけでなく、中等教育においても「論理性」の育成が急務であることを示唆していると言えよう。
また、全体での分析では示されなかった「探究心」は、保護者が短大・高専・専門学校卒と大学・大学院卒の場合に、「子どもの生きる力」に影響力を持っていた。「論理性」と「探究心」は批判的思考の中核となる要素であることから、高等教育での批判的思考の育成が、保育者として創造的な解決力を持つ子どもを養育する上で重要であると言える。
一方、「他者への礼儀」は、大学・大学院卒では影響力を持っていなかった。この結果は、敬語を状況によって使い分けるなどの達成スキルは大学・大学院卒の保護者では概ね獲得されているために、直接的には影響力を持たなかったと考えられる。
「子育て関連の情報交流」は、教育歴別の分析では大学・大学院卒でのみ影響力を持っていた。子育て関連の情報交流を行うには、子どもの通う幼稚園の職員や保護者、近所などの人との積極的な交流が必要である。「対人効力」が高く、「他者への礼儀」を習得している大学・大学院卒者に関しては、それらを積極的に使うこと、もしくは有効に使っている姿を子どもに見せることによって、「子どもの生きる力」が高まるということを示していると言えそうである。
「対処能力」に関しては、短大・高専・専門学校卒でのみ「子どもの生きる力」に影響力を持っていた。「対処能力」は、趣味や自分なりのリラックス法を持っていたり、自分の個性や特性を理解し活用できる能力である。短大・高専・専門学校卒者にとって、自分の個性や強みを把握していることは、子どもの個性への気づきをもたらすなど、子どもの養育に影響するのかもしれない。

本研究の結果、「子どもの生きる力」には、その保護者の「生きる力」の「論理性」や「探究心」などの「批判的思考」態度が関与していること、そして、その「親の生きる力」の向上に、大学などの高等教育がある程度の貢献をしていることが示唆された。高等教育に従事する者は、次世代の子どもの教育も同時に担っているという自覚を持ち、学生の批判的思考の態度とスキルの育成を心掛ける必要があるだろう。また同時に、この結果は、批判的思考を育成すべくプラグラムが初等・中等教育に導入されることで、こうした教育歴の差を減じられる可能性がある
ことも示唆している。社会に通じる「生きる力」を獲得するためには、その根幹として、批判的思考を育成するさまざまな教育プログラムの早期導入が切に望まれる。

 

※こちらの記事は2012年9月24日に掲載されたものです。

主な引用・参考文献

安藤玲子・池田まさみ(2012)批判的思考力の獲得プロセスの検討 -中学生の4波パネルにおける因果分析から-, 認知科学, 19(1) 83-99.
ベネッセ教育研究開発センター(2001)小中学生の「生きる力」自己評価. http://benesse.jp/berd/center/open/report/21seikigata/2002/02/chap02_02_07.html
Ennis, R.H. (1991) Critical thinking: A streamlined conception. Teaching Philosophy, 14 (1), 5-25.
池田まさみ・安藤玲子・宮本康司(2012)幼児期の子どもの問題行動と家庭力. 菅原ますみ(編著) 『1巻 子ども期の養育環境とクオリティ・オブ・ライフ』金子書房.
経済産業省(2006)「社会人基礎力」の具体的な育成・活用シーン. http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.htm