旅いくのススメ/こころ育むたび

ph_author_01こんにちは。JTB法人東京・お茶の水女子大学旅いく研究チームの池田まさみです。「心理学」という分野で、人間の思考や記憶、発達について研究しています。 昨年から、 JTB と共同で、“家族”と“旅”のチカラで「生きる力」 を育みたい

と、『旅いくファーム』を立ち上げ ました。みなさんは、「生きる力」にどのようなイメージをもっていますか? それは、「心」の発達に深く関係しています。 では、旅で「心」は育つのでしょうか。 「心」が育つたびに、なにが変わるのでしょうか。 この連載で、みなさんと一緒に、そんなことを考えていけたらと思います。

池田まさみ先生

十文字学園女子大学人間生活学部人間発達心理学科准教授
お茶の水女子大学大学院博士課程修了博士(学術)。お茶の水女子大学大学院助手、講師、准教授を経て、2012年より現職。専門分野は認知心理学、実験心理学、発達教育工学。

※こちらの記事は2012年『旅いくLabo.』のコーナーに掲載された内容となります。ご承知おきください。

1)こころって、なあに?

『旅』は『心』が楽しくなるための『筋道』の1つ

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心理学では、世界を『人間』と『外界』に分けて考えます。『人間』は、見たり、聞いたり、触れたりすることで『外界』から情報を受け取っています。そうした情報を刺激として、自分のなかにどう取り込み、処理をするのか、その「過程」を心理学では「心」と呼ぶのです。

たとえば、『外界』のあるモノを見て、ある『人間』は、自分の中で、「きれい」と取り込み、「そばに置く」という処理をするかもしれません。別の『人間』は「嫌だ」と取り込み、「排除」という処理をするかもしれません。
そうした個々の中の「過程」が、各々の「心」なのです。

モノひとつを見ても、感じ方は、人それぞれです。 でも、少ない情報しかもたない人と多くの情報をもっている人とでは、 「処理力」や「選択範囲」が、まったく異なってくるでしょう。豊かな「心」を育むには、さまざまな情報に触れ、自分の「処理力」や 「選択範囲」を広げることが必要です。

そのためには、小さい頃から、「見る」「聞く」「嗅ぐ」「触る」「食べる」といった五感を十分に活用させて、『外界』の情報をより多く受け取ること、また、人は、同じ刺激のくり返しにすぐ馴れてしまいますので、ときどき、日常を離れ、違う環境に身を置く「旅」や「おでかけ」で、色々な刺激に出会うことなどが大切です。

昔から「かわいい子には旅をさせろ」といいますが、昔の人は旅が「心」を育むことを知っていたんですね。

2)こころのタネを育む

子どもが3歳になるまでに必要なのは子どもと一緒に共有する心地いい空間や時間

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『旅いくプログラム』に参加できるお子さんは3歳以上から。それは、3歳までは、「特別なことを行う体験」より、 「日常を心地よく過ごす時間」のほうが大切だからです。

赤ちゃんの五感機能は、お母さんのお腹にいるときから発達しはじめています。
特に「聴覚」は優れていて、赤ちゃんは、誕生する数ヶ月前から、お母さんの声と他の女性の声を聞き分けることができるともいわれています。

つまり、赤ちゃんは、胎内にいる頃から、『外界』の情報を受け取っていて、それを元にどんどん脳を発達させているのです。

脳の神経ネットワークが一番成長するのは5歳頃までといわれています。 これまでの時期に心地よい情報を得ますと、脳はさまざまな情報をたくさん取り込もうとします。 反対に虐待など不快な情報を得ますと、情報の取り込みが低下してしまいます。

特に言葉がうまく操れない3歳頃までは、人と「触れ合う」、人と同じモノに「目を向ける」、「聞く」、「感じる」等ということを通して、人との「信頼関係」を築いていきます。 

この「信頼関係」が、社会の中で人とつながり、コミュニケーションを生む  『心のタネ』です。

つまり、3歳頃までは『心のタネ』を育む時期。 ですから、お子さんと「一緒に」心地良い時間や空間をたくさん共有してください。 それは「旅」ほど特別なことでなくて良いのです。だっこする。 お話をする。手をつないでお散歩をする。 些細だけれど、落ち着いた温かな時間や空間を過ごすことで、お子さんの『心のタネ』が育まれてていくのです。

3)3歳からの旅いく

多くの経験の中で人と繋がっていく

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人は、ひとりで生きていくことはできません。 常に誰かと関わり、支え合いながら生きています。 ですが、人と関わり合うためには、あいさつや意思表示をするなど『人とつながる力』が必要です。 『人とつながる力』をうまく育てることができずに成長してしまうと、他者を避けたくなり、引きこもりやニートといった行動に出てしまうこともあります。

では、どうすれば『人とつながる力』は育つのでしょうか。前回、『心のタネ』は、家庭という『土』のなかで芽生える「信頼関係」と述べました。 親と子の間で育まれた柔らかい「信頼関係」の『芽』が、社会の中で『人とつながる力』へと育つには、その子自身が実際に社会に出て、たくさんの人と出会い、いろいろな経験を積むことが必要です。

『人とつながる力』は、教わるものではなく、本人が感じ学ぶもの。

『旅いくプログラム』の参加対象年齢を3歳からとしているのも、3歳からは、親対子のような1対1のつながりだけではなく、複数の中の一人、チームの中の一人といった環境に慣れ、『人とつながること』を子ども自身が、感じ、学ぶひとつの機会にしてほしいからです。

子どもたちは、家族で参加できる『旅いく』体験で、「家族で過ごす安心」と「家族以外の人と過ごす楽しさ」を同時に味わいます。その安心と楽しさの中で、約束事を守ることやコミュニケーションの大切さといった『人とつながる力』を身につけていきます。 『人とつながる力』は、人の気持ちを考える、思いやるといった心を育み、人と協力をする力、『チームの力』へとつながっていくでしょう。

4)知的好奇心は5歳から

楽しみながら学ぶと学習効率は2~3倍アップする

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ときどき「子どもの知的好奇心を伸ばしたい」というようなご相談を受けることがあります。
確かに「知的好奇心」は、「調べる力」、「考える力」、「発見する力」など、「知力」の根幹ともいえる大切な力です。

でも、だからといって、早期教育を施しさえすればいいというわけではありません。人間は、嫌々学ぶよりも、楽しく学んだことのほうが、よく身に着くと言われています。楽しいこと、快適なこと、心地の良いこととは、少々乱暴な言い方かもしれませんが、一言でまとめてしまえば「好きなこと」です。人間は、最初は単なる好奇心に過ぎなかったものから、なにか「好きなこと」を見つけ、そこに興味を持つからこそ、知識を得ようとします。そうして得た知識を持ってはじめて、世界の意味づけを行い、新たに「知りたい」ことや「調べたい」ことが出てくるようになります。 それが「知的好奇心」です。

ですから、子どもの「知的好奇心」を伸ばすひとつの方法は、子どもが好きなことをみつけられる環境や機会を多くつくること、そして、興味のあることを正しく導いてあげること。そのためには、親も子どもと一緒にいろいろな体験を重ね、子どもの真の姿をよく見て、まずは子どもの「好奇心」を引き出すチャンスをつくることが大切です。 これは、『旅いく』プログラムが、親子参加型になっているひとつの理由でもあります。

ただし、まだ好みがはっきり定まらない5歳以下の年齢では、いくら大人が望もうとも、子どもの好奇心は「知的好奇心」にまでは発達しにくいものです。焦らず、私たち大人も楽しみながら、子どもの「知的好奇心」の芽を育んでいきたいですね。

5)五感で育むこころ

五感を使っての実体験は学習効果を高めるだけでなく、心も育てる

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ある研究によりますと、教室の窓の外に緑があるかどうかで、子どもの学習効果が変わってくるそうです。自然との関わりがある環境で学んだ子どもたちのほうが集中力が増し、学習効果がアップするケースがあるとのこと。教室の空間も、天井が高く、ゆとりがあるほうがいいそうですが、この研究結果は何を意味していると思いますか?

野生の動物は、自然の中で「見る」、「聞く」、「嗅ぐ」、「触る」、「食べる」といった五感をフルに活用して暮らしていますが、子どもも自然に触れることで、情報を集める五感が鍛えられ、「生きる力」がアップしていきます。

例えば、同じ野菜のことを学ぶにしても、外界から閉ざされた部屋の中で学ぶのと、外に出て実体験するのとでは、その情報の質と量は大きく異なります。部屋の中で本を読めば、そこに書いてある活字情報は頭に入るかもしれません。でも、外に出て、実際にその野菜を育ててみると、その野菜の重さやにおい、変化する気温や風の呼吸、土の感触…といった、活字だけで学ぶことの何十倍、何百倍といった情報を受け取ります。 そうした情報を目、耳、鼻、手足、口…と、体のあらゆる器官を使って取り入れ、脳で処理することは、心を豊かにしていくことにつながります。

それは、子どもでもおとなでも同じです。日常生活のなかで、心がいっぱいいっぱいになってしまったとき、ふと、窓の外に目を向けたり、風を入れたりして、自然と関わると、気持ちが軽くなることはありませんか。

心を豊かにするために、ときどきお子さんと外に出かけてみてください。

6)”食べる”ことで、育つこころ

「食事を作って家族で食べる」ことは日常簡単にできる五感体験

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前回のコラムでは、心を育むのに五感を養うことが欠かせないというお話をしました。ワンパターンになりがちな生活のなかで、外に出ることや自然に触れ合うことは五感を刺激すると同時に、情緒の育成にも繋がるということをわかっていただけたかと思います。

でも実は、外に出ることと同じくらい五感を使う体験を私たちは毎日家の中でも行っているのです。

それは「食べること」。

人間は、生まれてからずっと「食べる」という行為を繰り返しています。赤ちゃんでもお母さんのおっぱいを飲む、そして、その時には、お母さんの声を聞き、顔を見て、においを嗅ぎ、おっぱいや哺乳瓶に触れ…というように、五感をフル活用しています。

つまり、「食べる」ことは、お腹を満たすだけでなく、それまでのプロセスや、誰と、どんな風に関わるかということにも繋がっているのです。たとえば、「料理をする」という行為にも、五感を使う機会がたくさん含まれています。 まずは材料を見たり、嗅いだり、触ったりして、吟味する。 メニューを考え、料理の手順を計画する。 材料を刻んだり、炒めたりして、調理する。 そのときに出る音を聞く、においを嗅ぐ、ゆで具合や火の通りを目で見たり、手で触ったりして確かめる。料理に合う器や道具を準備する、盛りつける。 ごくふつうの料理の手順の中で、五感は存分に使われ、そのたびに脳は、「感じる」「考える」といった活動をしています。 さらに、ひとりではなく、ご家族やお友だちと食卓を囲めば、「人とつながる力」も育まれます。

毎日しなければならない「食べる」行為。特に凝った料理でなくてもいいのです。 「食べる」ということを少しだけ意識して工夫してみませんか、日々のちょっとした工夫で五感はグンと鍛えられます!食事をつくるプロセス、そして、それを誰とどこでどんな風に食べるか、当たり前のことだけど、そんな毎日の小さな積み重ねこそが「生きる力」の土台となる心を育みます。

7)育み合うこころ

地域体験は、子どもにとっても、大人にとっても、人と繋がるチャンス

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東日本大震災から5年以上が経ちました。この震災では「生きる力」とは何かをあらためて考えさせられました。なかでも特に印象に残っているのは、市内の小中学生ほぼ3000人が無事だった岩手県釜石市の「地域力」です。

釜石市では、数年前から群馬大学の片田敏孝教授のもと、おとなだけでなく、子どもたちも一緒に学べる防災教育に力を入れていました。それは地域全体の活動となり、市民の防災意識を高めました。釜石市内の小中学生を救った力、それは、まさに「人とつながる力」、「助け合う力」、「相談する力」であり、それを育んだのは、市民が協力して行ってきた「地域体験」にほかなりません。

人は社会の中で育ちます。人の心は、個人の体験だけでなく、人との出会い、関わりのなかで育まれます。それは、おとなも子どもも変わりません。おとながいて、子どもがいて、生活を共にするからこそ、互いに成長できることがたくさんあるのです。

釜石市では、おとなだけでなく、子どもも参加する防災教育が、小中学生を含む多くの人の命を救うことにつながったのです。「地域体験」は、子どもにとっても、おとなにとっても、人とつながるチャンスであり、いろいろな刺激や気づきが得られる場です。

『旅いくプログラム』でも、そうした集団での体験を通して生まれる心の変化、すなわち社会に「生きる力」を育むことを目指しています。

日々の出来事でも、旅のような非日常的な出来事でも、その体験を共有する人がいること、心を掛け合う人がいることで、楽しんだり、あるいは、辛いことがあっても乗り切ることができる。この意味を、日々の体験で実感しておくことが、いざというとき、役に立つのではないでしょうか。

8)遊ぶ・楽しむ・育つ心

ゆっくり「遊び」の時間を楽しむことで子ども達の心は育つ

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このコラムでは、「心」はスバリ「脳」と関係があることをお話してきました。たとえば、五感を刺激することがなぜ良いかというと、それは感覚器官を通して得た情報が「脳」で処理されるからです。つまり、色々な体験をしたり五感を刺激したりすることは、その情報を処理する「脳」を成長させることになり、ひいては、それが豊かな「心」につながっていくからです。

毎日の生活のなかで五感を使うことを楽しむ、いろいろな人と関わり合う、好きなことをする、また時には旅に出るなど、いつもと違うことをしてみる、そうした日々の積み重ねのなかで、「心」はどんどん育っていきます。

ただ、気持ちのなかに「心」が育つためのスペース、つまり余裕やゆとりがないと「心」は十分に育つことができません。

例えばこのコラムの6回目で「食」について書かせていただきましたが、同じ食事をするという行為でも、時間がない 急がなきゃ 食べなきゃ、と焦っている状態と、料理を楽しみながら、ゆったりと味わって食べるのとでは、感覚だけでなく、気持ちも大きく違ってきます。勉強でもなんでも、イヤイヤやるのと楽しくやるのとでは、時間の感じ方も身につき方も全く違ってくることは、皆さんも経験があることと思います。

ところで、ひとつ面白い研究報告があります。小さい頃に外遊びや身体を動かす「遊び」を多く経験した子どもは、その後の成長過程で「遊び」の経験の少ない子どもよりも「思考力」や「創造力」がグンと伸びるというのです。

つまり、「心」は「遊び」のなかで、楽しみながら、外ならではの工夫をしたり、友だちと協力するなどして育っていくということです。

また、「遊び」をよく知っている「心」は、いざというときも余裕があります。なにか窮地に追いつめられたとき、困難が起きたとき、自分一人で抱え込まず、だれかに相談をしたり、違う視点から考え直したり、新たな発見や工夫をしたりという「生きる力」になるのです。

成長を急ぐあまり、「遊び」が忘れがちになっていることはないでしょうか。家族で遊べば、また新しい 楽しい 発見もあるかもしれません。たまには、ゆっくり「遊び」の時間を楽しみたいですね。